Asia is One - 東京藝術大学の岡倉天心像


東京藝術大学大学美術館で開催されている「国宝-東京藝術大学 現状模写-源氏物語絵巻に挑む」展に、藝大日本画研究室の労作を拝見する。 ⇒東京会場:東京藝術大学大学美術館~9/25、名古屋会場:徳川美術館11/12~12/11(参照-同美術館HPはこちら


大学美術館をはじめ、藝大のキャンパスは一部の文化財的な建物を除いては、ほとんどが新しくなって、かつての時代の面影は煉瓦の門柱ぐらいになってしまっている。

美術学部の正門近くの小さな"原生林"の中の岡倉天心像を表敬。屋根だけの六角堂にどっかりと椅子に掛けてキャンパスを睥睨している。

この像は昭和6年に、彫刻家平櫛田中によって制作された。後に美術学校(藝大)の教授となった平櫛田中先生は、登下校の際には必ず自分の制作したこの天心先生像に頭を下げていたという有名な逸話がある。

谷中の岡倉天心記念公園や茨城県五浦(いずら)など各地の岡倉天心ゆかりの地にある天心座像は、この像の原型の上半身が保存されていたものからの鋳造だという。

藝大美術学部キャンパスの、この六角堂は以前はもう少し奥のほうにあったような記 憶があるが、定かではない。台座か背板のどこかにAsia is Oneとあったが発見できなかった。
c0156404_813414.jpg

Leica M8, NOKTON classic 35mm/1.4,UV/IR


岡倉天心、明治初期の美術思想家。東洋美術史家のフェノロサとともに、日本美術の多くの名品を発掘し、東京美術学校(のちの東京藝術大学)の創設に参画。

その後美術学校の校長を務めるが、その鮮鋭思想やスキャンダルなどで下野。教え子の雅邦、大観、観山らと日本美術院を率いて当初は谷中に、その後は五浦にその本拠を置いて日本美術の大きな一つの流れを作る。

また、思想家としての著述「東洋の理想」(The Ideals of the East)、「茶の本」(The Book of Tea)などを英文で出版し、日本の文化や美術を世界へ発信した。「東洋の理想」の冒頭の語句、ASIA IS ONE は太平洋戦争の大東亜共栄圏思想の軍部に悪用されたというおまけまでが付く。
by kurakame | 2011-09-17 08:28 | Comments(6)
Commented by escribeme_yakko at 2011-09-17 15:51
以前 Wiki で調べたことがあるのですが 岡倉天心についてすっかり忘れちゃってました ^_^;
この記事でしっかと脳裡に焼き付けておこうっと(笑)
谷中の記念公園内の岡倉天心。。。ガラスに反射して怖いんですよ
Kurakameさんのお写真で ゆっくりお顔拝見 (#^.^#)
Commented by peke001 at 2011-09-17 15:53
"Asia is One" の英文は天心像の背後の鏡板に 彫られているようですね。五浦の六角堂は今回の震災で消滅してしまいました、数年前に一度見ましたが・・・ところで東一(とういち)さんでしたかご長男のようですね。
Commented by kurakame at 2011-09-17 20:09
yakkoさん、谷中の岡倉天心記念公園の六角堂はご開帳されるときがあるのだそうですね。
藝大の前を通りかかったら、ちょっと覗いてみませんか。
ヤブ蚊がいっぱいいましたが。(笑)
Commented by kurakame at 2011-09-17 20:13
ペケちゃんさん、五浦はなんとも残念なことでした。
"Asia is One"はかなり大きなイタリックで書かれていたような、漠然とした記憶があるのですが。
背面の説明版は緑青の腐食が進んで判読は困難な状態になっていました。
Commented by Angela at 2011-09-19 06:23 x
北茨城・五浦海岸の六角堂は大好きなスポットでした。
岡倉天心さんは釣りがお好きだったようですね。
銅像から、どっしりとして体格の良い方だったようですよね。
五浦海岸の六角堂は津波で跡形も無くなってしまいましたが(涙)ここで天心さんに
またお会い出来て嬉しいです。
Commented by kurakame at 2011-09-19 08:33
Angelaさん、五浦の六角堂はなんとも残念でしたね。
天心先生は、どうも六角にこだわりがあったらく、先日Angelaさんがご覧になった谷中の記念公園も、
ここ藝大の構内も六角堂です。こちらは壁が無いので誰でも近付けます。
あっ、昨日、yakkoさんの法被姿ゲット(!)。
<< 東京藝大構内のバルザック ポジフィルムの初秋 - 古民家の空 >>