隣村散歩 - 丘陵の住宅群と鎮守さま

’50年代の半ばごろに、多摩丘陵の雑木林が切り拓かれて、最初期の住宅公団(当時)の大型規模の住宅団地が完成する。丘の麓の津久井道(県道世田谷町田線)に沿って走る小田急線に、団地の足としての新しい駅が新設される。

高度成長期の住宅需要に伴って、暖地の周辺の丘の田畑や林が徐々に住宅地として開発されていく。而して50年余、丘陵は住宅群に埋め尽くされて、尾根の頂の鎮守の森が辛うじてこの地の歴史を記憶する。


公団の麓の駅からは、谷筋の線路と道路を越えて向こう側の丘の住宅地に歩道橋も造られた。昔は橋やトンネルは最短長さにつくられるのが常識であったが、技術の(それに経済も)進歩は、機能優先で、カーブのトンネルや橋梁もあたりまえ、斜めの歩道橋などは何でもないことになった。
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Leca M9, Elmarit-M 28mm/2.8







       高石神社

雨の日など、クルマがスリップしそうな急坂だった狭い道路もヘアピン様の道路ができたりして、丘の住宅の環境も一変した。なによりもここは南斜面なのだ。

ようやく辿りついた尾根の高台に、鎮守の高石神社は境内も綺麗に整備されて鎮座していた。明治の「一村一社」令によって、近郷の神社が合祀されて高石神社となったという。高石はこの地の古くからの地名。

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by kurakame | 2011-11-01 08:37 | M9 | Comments(4)
Commented by seibo616 at 2011-11-01 12:09
kurakameさん:こんにちは。
昔は小田急線沿線の大学に通っていました。
先日久しぶりに乗ったら、沿線ギリギリまで住宅が立ち並んでいました。
Commented by kurakame at 2011-11-01 17:14
seiboさん、当時は多摩川を越えると、まだまだ多摩丘陵と田畑の緑がいっぱいでした。
その緑を壊した中の小さな1軒にkurakameも40年です。
Commented by belage at 2011-11-02 09:35 x
用地確保の問題があったのでしょうか。斜めの横断歩道って
全国でも珍しいのでは。ボクは初めて見るような。
Commented by kurakame at 2011-11-02 19:08
belageさん、かなりの斜めになっています。
おそらく用地の関係だろうと思います。歩道橋の両端、特別ななにもありません。
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