memories - 遥かなる大和路

’62晩秋 斑鳩の里

首都圏から奈良・大和路への時間空間距離は著しく縮まった。
50年前、貧乏学生だったぼくらの大和路行きは、東京駅を夜行列車で発って翌朝京都駅に到着、
そこから奈良電(現近鉄奈良線)に乗り換えるのが一般的であった。

この項、「遥かなる」は過ぎ去った時間をイメージした「遥か」の心算である。


斑鳩に代表されるのはいうまでもなく法隆寺であるが、
その大伽藍を北側に広がる田園に抜けると、前方に小さな森に囲まれた法輪寺と、
少し離れて東側の彼方には法起寺の端正な三重塔が望まれる。

この斑鳩の里の風景が四季を通じて何とも良い。

法輪寺の塔は昭和19年に落雷で消失し、昭和50年に再建されたので、
50年前のこの時代には見ることは出来なかったのであるが。

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Canon L2, Serenar 35mm/2.8








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法起寺は田園風景の中にこじんまりと佇んでいる。


江戸時代の建設と思われる何の変哲もない本堂の脇に、
すっくと立つ端正な姿の三重塔は
法隆寺の五重塔と様式を同じくした、三重塔としては現存最古の飛鳥の塔なのである。

数年前にもここを訪れたが、周りの田園はほとんど同じ風景が残っていたのには
驚いたがまた、嬉しくもあった。

そして50年前、無くなっていた法輪寺の三重塔も、幸田 文さんらの尽力によって見事に復活して、二つの飛鳥の三重塔が斑鳩の野辺に妍を競っている。


この法起寺、僕らは「ほっきじ」と親しんできたのだが、
その数年前の斑鳩訪問時に、大和郡山からの路線バスの停留所案内で
「ほうきじ前」とアナウンスされてびっくりした。

その後、観光案内本などを見ると「ほうきじ」とふりがながあったりする。

ぼくらが勘違いしていたのかも知れないが。


呼び名ということで思い出したが、あの東大寺の戒壇院はいつのまにか戒壇堂となっている。

by kurakame | 2012-01-10 08:47 | Others | Comments(6)
Commented by twinkle-keko at 2012-01-10 12:30
こんにちは。
大和路には趣のある古刹がたくさんあり、それをカメラに収めることにとても魅力を感じます。
新しいものも好きですが、古いものは見ていてとても心が落ち着きます。。。

大和路、かなり歩かれているご様子ですね!
Commented by kurakame at 2012-01-10 14:22
twinkle-kekoさん、こんにちは。
kekoさんよりもだいぶん年季だけは入っています。(笑)
仕事最盛期には、さすがにずいぶんと間が空いたりしていますが。
’50年代後半からの語り部の一端でも担えればと、
カビだらけのネガを発掘したりしています。
Commented by belage at 2012-01-11 00:01 x
素晴らしいログですね。もうそんな時代から歩かれているとは!
きっと沢山の思い出多い出会いがあったんでしょうね。
Commented by kurakame at 2012-01-11 08:02
belageさん、おはようございます。
年齢を重ねるごとに、昔を思い出したりすることが多くなります。(笑)
大部分のネガは処分したり、紛失したりしていますが、
かろうじて状態のマシなものから選んでみました。
Commented by bella at 2012-01-11 11:20 x
あけましておめでとうございます。 
一枚のお写真だけで 私の昔も甦るような不思議な感覚です~
Kurakameさんは バンカラというより、感性豊かな秀才で
いらしたのでしょうね・・・  私は当然’いも娘’でした~!
Commented by kurakame at 2012-01-11 16:31
bellaさん、本年もどうぞよろしくお願いいたします。
年明け早々、旧い写真を持ち出して恐縮です。
大和路も大半は京阪神のベッドタウンと化して、往時のイメージを探し求めるのも大変になりましたね。
あはっ、大学は相当バンカラで通っていたと思いますよ。(笑)
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