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ライカ0型(復刻版)で撮る - モクロームで銀座ウオッチング(上)


ライカ0型、3本目はモノクロームのネガを詰めて、初夏の陽気の銀座へ。

このカメラ、最少絞りはF12、最高速度は1/500である。

日向の順光では、GOSSENの露出計DigisixはISO400で17EV+ぐらいを示している。
これではISO100のフィルムが適当なのだが、今どきモノクロの現像には1週間弱もかかってしまうので、
ここはいつものミニラボ30分現像のXP2(ISO400)を無理に使うこととした。

街中に繰り出してみると、高いビルの谷間の多くが日陰であり、この季節、昼日中に日の当たっているところの方が少ない。

かなり慣れたというものの、撮影途中での小さな絞り目盛りやシャッター速度の変更はなるべくやらないで、
撮れる場所だけを撮ることに徹底しよう。
絞りはf9とf12の間、シャッターは1/500とする。これは日向の露出。

あとは気を付けること、シャッターを切ったらすぐにレンズキャップを填めること(!)。
これが街中スナップでは、シャッターチャンスを逃すこと夥しいことに改めて気が付く始末である。

カメラに合わせて撮った銀座のスナップを2回にわたってのご紹介予定。


わずかに陽の光が届いているところに人物が来るのを待ってみる。
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メゾンエルメスのガラスブロックも日陰であったが道路の一部に日当たりが。
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並木通りの反対側からの画角は、50mmレンズには丁度良い具合に思える。
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おなじみ、四丁目の托鉢僧。このくらいの距離になるとさすがに50mmレンズでの距離目測には神経をつかう。
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Leica 0, Leitz Anastigmat 50mm/3.5, ILFORD XP2 Super

次回に続く。
by kurakame | 2013-04-18 07:41 | Others | Comments(8)

ライカ0型(復刻版)で撮る - 旧白洲邸・武相荘


ライカ0型(Null Leica)復刻版の「里親」になって数日、一通り取扱いを確認して試写も完了。(前掲)

さっそく新らしいネガカラーフィルムを詰めて、隣村の「武相荘」の新緑を訪ねてみた。

武相荘こちら)については、前のブログ時代に何回か紹介していたが、今は消滅した。(笑)


白洲次郎・正子夫妻は戦時中に、都下鶴川村の農家を買い取って住まいとし、終生この地に住まわれた。
現在、武相荘は記念館、資料館として、夫妻の住居や随筆家正子さんの書斎がほぼそのままに公開されている。

棟続きの別館の資料館では、戦後吉田茂首相のもとでGHQとの交渉や憲法草案のやりとり、
通産省(当時)の設立などに敏腕を振るわれた次郎氏の資料などが展示されている。


この季節、質素な長屋門の脇の枝ぶりの妖しい柿の若葉が一段と美しい。
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長屋門を振り返る。法被姿は学芸員さん。
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萱葺のおおらかな形の屋根は相当に傷んでいたので気になっていたが、06年に葺き替えられた。
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縁側のガラス戸などは当時のままのように見える。訪問者は靴を脱いで室内を見学できる。
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かなり広い敷地内には収集品の石仏や石の道しるべなどが自然の雑木林にさりげなく置かれているが、
アプローチから庭先へかけてのラフな石畳も美しい。
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残念ながら周辺はすっかり新興住宅地として、新しいメーカー住宅などが建ち並んでしまったが。

Leica 0, Leitz Anastigmat 50mm/3.5,Fujicolor 100
by kurakame | 2013-04-16 07:17 | Others | Comments(10)

ライカ 0 復刻版がやってきた。

2001年から3年ほどかけて、ライカはヌル(0)ライカの復刻版を4000台製造した。

ヌル(0)ライカは、ライカのプロトタイプとして、1914年に3台製作されたウルライカに続いて、
1923-24年に31台がタイプⅠ、タイプⅡとして作られたが市販はされなかったようだ。


友人で画家のT君が、その復刻版を持っている。
なにしろ使用方法が厄介なので、あまり使っていないのだが、使って見ないかという。


ボクはバルナックをかなり使っているので、0シリーズの厄介さは何かで読んだことがあるのだが、
たぶん簡単に使えるだろうとたかをくくって、しばらく借り受けることにした。


どのように厄介なのか、で、撮影はできたのか?。  興味のある方は ↓ More 欄をクリック(!)。


取説はドイツ語と英語のパンフレット。
シャッターのセットがユニークなので、ここだけ日本語訳のプリントが付いていた。
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後方は1936年製のバルナックライカ Leica Ⅲa,Summaron35mm/3.5
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当時のライカはストラップ用のアイレットが無いので、立派な皮製のケース付。レンズは沈胴。
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Panasonic G1, GF1(クリックで画像拡大)

More ( 0ライカ 初撮り )
by kurakame | 2013-04-14 07:27 | Others | Comments(8)

memories - (続)遥かなる大和路

’62晩秋 唐招提寺講堂

大和西ノ京、唐招提寺と薬師寺という大寺院が並び建つ古寺巡礼のメインルートの一つである。

唐招提寺は「天平の甍」で、とりわけて著名になった古寺で、
まずは、山門の真正面に雄大な姿を見せる金堂に代表される景観が目に浮かぶのであるが、
金堂のすぐ裏手の、のびやかなシルエットを見せている講堂もまた捨て難い風情がある。

この講堂は、鑑真和上が朝廷から賜って宮殿の一部を移築改造して寺院としたもので、
平城京宮廷建築の貴重な遺構でもある。

現在の姿は、鎌倉期に修理改造されている。

金堂はこの後およそ50年後の8世紀末ごろに、鑑真の弟子たちにより建設されることとなる。


スナップは、講堂見学を終えて出てくる同行の同僚T君。連休中とはいえ、まだまだ静かな50年前の唐招提寺であった。

およそ半世紀ののち、平成の大修理を終えた唐招提寺金堂の落慶法要の場に
居合わせる幸運に恵まれることになるとは知る由も無かった。
参照:(クラカメブログ)こちらこちら

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Canon L2, Serenar 35mm/2.8
by kurakame | 2012-01-12 08:20 | Others | Comments(6)

memories - 遥かなる大和路

’62晩秋 斑鳩の里

首都圏から奈良・大和路への時間空間距離は著しく縮まった。
50年前、貧乏学生だったぼくらの大和路行きは、東京駅を夜行列車で発って翌朝京都駅に到着、
そこから奈良電(現近鉄奈良線)に乗り換えるのが一般的であった。

この項、「遥かなる」は過ぎ去った時間をイメージした「遥か」の心算である。


斑鳩に代表されるのはいうまでもなく法隆寺であるが、
その大伽藍を北側に広がる田園に抜けると、前方に小さな森に囲まれた法輪寺と、
少し離れて東側の彼方には法起寺の端正な三重塔が望まれる。

この斑鳩の里の風景が四季を通じて何とも良い。

法輪寺の塔は昭和19年に落雷で消失し、昭和50年に再建されたので、
50年前のこの時代には見ることは出来なかったのであるが。

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Canon L2, Serenar 35mm/2.8


More(法起寺三重の塔)
by kurakame | 2012-01-10 08:47 | Others | Comments(6)

真夜中の赤い満月

皆既月食。真夜中の天頂近くだったので、かなりカメラを向けるのも覗くのも大変でしたね。

満月が地球の陰にすっぽりと入ってしまっても、地球の大気で屈折した波長の長い赤い色が回り込んでかすかに赤銅色になっている月面である。

近頃の高性能なデジカメでは、長いレンズさえあれば、オートでも皆既中の微妙な色も美しく描写してくれるが、ここでは何時もの旧い自作の天体望遠鏡にGF1を取り付けてトライしてみた。


     皆既に入ったばかりの月面。まだ少し明るい部分が残って見える。ISO 1600でのこのノイズ、ご容赦のほどを。
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2011/12/10. 23h 07m.
口径20cm自作反射望遠鏡(木辺鏡)+40mmアイピース(×40)+GF1(14mm-45mm)。1so 1600, f 3.7 1/6 WB5500K。


More(皆既の前の)
by kurakame | 2011-12-11 08:28 | Others | Comments(12)

memories⑥ - 1997年、ヘール・ボップ彗星

学生の頃からのネガが溢れてしまって、夏の1日、思い切って整理、大部分を廃棄することとした。
ふと、目にとまった、記憶が新鮮ないくつかのシーンを、夏の終わりの自分史のメモとして。
旧い写真ゆえ、カビ、キズ、退色等々はご容赦のほどを。



彗星、ほうき星(Comet)は宇宙を浮遊している塵や氷の塊が、たまたま太陽や地球に近付いてくる、太陽系の流れ者である。

尾をひいて星空に光る彗星の写真を見ると、あたかも流れ星のように空を走っているようにもみえるが、彗星は、あの格好で星座の中に留まって見えている。あの尻尾は太陽に近付くと放射圧と太陽風によって彗星本体から希薄なガスが発生して出来るもの。

一部の周期彗星を除いて、多くの彗星たちは気まぐれに、なんらかの天体重力の影響を受けて太陽や地球に近付いてくるが、明るくなって普通に肉眼で見えるほどになる大彗星は10年に1個か2個程度である。


さて、1997年春、ひさしぶりの肉眼彗星、ヘール・ボップ彗星(Comet Hale Bopp)が見られたのを機に、あちらこちらと写真になりそうな場所を彷徨ったが、西伊豆まで行って嵐になったり、千鳥が渕の桜のあいだを狙って見たが、空が明るすぎてNGだったりと。(明るく見えていたのは2週間ぐらい)

        八ヶ岳に沈むヘール・ボップ彗星

結果、無難な清里高原でのショットがこれ。いまどきのデジタルならば、この程度のイメージは簡単にとれるのだが、なにしろフィルム時代、露出をいろいろと変えて撮ってとあは現像待ちという頃のことであった。 (画面左の小さな星の集団は「すばる」プレイアデス星団)

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1997年4月12日 19h28m 。
Rollei 35S, Sonnar 2.8/40, Provia400, f 2.8, 30s.


More(お台場レインボーブリッジでは・・)
by kurakame | 2011-10-16 08:33 | Others | Comments(10)

月齢 9.3

酷暑だ、早い秋雨前線の停滞だ、と騒いでいる中に大型台風の列島直撃で各地には史上最大級ともいわれる水害、地害が引き起こされてしまった。

ようやくの晴れ間、南天にはやや膨らみを増した上弦の月。そう、もう12日は中秋の名月だ。

自作の天体望遠鏡にコンデジをセットしての月面は、かつて小ブログでも紹介したが、やはりコンデジの限界があり、改めてM4/3のミラーレス一眼を取り付けるべく画策中なるも、アダプターのサイズなどで焦点位置を変更の必要があることが判明。これは望遠鏡本体にかかわることなので、ややしばらくの時間が必要となる。

焦点位置の測定などで望遠鏡を持ち出したので、久しぶりにコンデジで撮ってみる。やはり早々に望遠鏡の改装を行ってGF1でも取り付けられるようにするべき。

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自作20cm反射望遠鏡+25mmアイピース(倍率66×)+NIKON Coolpix P5000
2011年9月7日19時55分(月齢9.327)撮影
クリックで画像拡大します。

by kurakame | 2011-09-07 21:17 | Others | Comments(12)

memories⑤ - '70、CHICAGO

学生の頃からのネガが溢れてしまって、夏の1日、思い切って整理、大部分を廃棄することとした。
ふと、目にとまった、記憶が新鮮ないくつかのシーンを、夏の終わりの自分史のメモとして。
旧い写真ゆえ、カビ、キズ、退色等々はご容赦のほどを。


'70's CHICAGO in EKTACHROME

'70年5月、南カルフォルニアで細々と果樹園を営んでいた日系二世の知人と数日間偉大なカリフォルニアの田舎を走りまわったあと、1人旅は思いつきのシカゴへ飛ぶ。

シカゴは予備知識でも全くの白紙状態の都市、ただ近代建築の巨匠たち、ライトやミースの作品が多いということがその目的であった。

当時のシカゴは日本人の観光客などめったに遭遇することもなく、西海岸の短い滞在からしても、「これがアメリカ」かと驚いたりした記憶がある。


さて、スライドフィルムの経年劣化、ここからは国産フィルムが尽きてKodakのEKTACHROMEとなる。取り出してみたフィルムはある程度の色は残っている。ここでは、退色復元などの処理をしない状態の画像を少し紹介しておくことにしよう。

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NIKON F, PC-NIKKOR 35mm/3.5, EKTACHROME


More(シカゴのエクタクローム)
by kurakame | 2011-09-06 08:35 | Others | Comments(14)

memories ④- ’70 San Francisco

学生の頃からのネガが溢れてしまって、夏の1日、思い切って整理、大部分を廃棄することとした。
ふと、目にとまった、記憶が新鮮ないくつかのシーンを、夏の終わりの自分史のメモとして。
旧い写真ゆえ、カビ、キズ、退色等々はご容赦のほどを。



40年前の、アメリカ3都市駆け足1人旅とポジフィルムの退色

アトリエ設計事務所のボス(師匠)が、Hawaii Univ.のVisiting ProfessorとしてHonoluluに滞在するのに便乗して、雑用係兼運転手として少しだけ出かけさせてもらった。
帰国するボスを空港に送って、航空券を米大陸(Mainland)まで準備してもらっていたので、予約なしのいきあたりばったりで、SanFrancisco,Chicago,New Yorkと、建築を見てまわったときの記録である。

ドルが360円、外貨の持ち出し制限があったりで、フィルムも極力日本で調達していった。すべてボジフィルムで、メインはフジカラーであった。

スライドのマウントのまま、缶に保管していたのだが、見事に茶色一色の退色(!)。ところがこの記事のためにスキャンするときに、スキャナー(GT-X820)の「退色復元」をクリックすると、何とか(!)色らしいものが「復元」されたではないか。その画像がSan Franciscoの坂道である。

その後、持参のフィルムが無くなって、ChicagoやNYのドラッグストアで買ったエクタークロームは、かなり色が色らしく残っていたのだ。(次回に!)

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NIKON F, PC-NIKKOR 35mm/3.5, FUJI COLOR


More(スキャナーの退色復元)
by kurakame | 2011-09-04 08:54 | Others | Comments(14)